Creative Improvisation Part10 豊住芳三郎×照内央晴×吉田隆一×吉田つぶら

自分は何をもって自分なのか、自由とは何なのか、深く考えさせられた。魂の震えたセッションだった。

2ndセットが始まって15分を過ぎた頃、ドラマーの豊住さんは予告もなく、ドラムを離れ、踊った!(1:40~)そこにいた全員がまさか、と思い、次の瞬間、豊住さんはドラムを離れてもドラマーなのだと再発見した。豊住さんの踊る姿に、誰もがドラムの音を聴いていた。

豊住芳三郎さん(1943-)は、ドラマーとして日本の黎明期のフリージャズを牽引してきた人だ。伝説となるのは、70年代、彗星のように現れたサックス奏者、阿部薫(1949-1978)とのデュオ。29歳で儚く散った音楽家について語る時の豊住さんのなんとも言えない眼差しが、二人の関係性を物語っている。

豊住さんを撮影するきっかけとなったのは、友人であるピアノの照内央晴さんからの、共演する豊住さんの記録を残して欲しいという依頼からだった。優れた音楽家として数々の名演奏を繰り広げてきたであろう豊住さんだが、アルバムをのぞいてあまり記録は残っていない。聞いてみると本人は演奏を残すことにあまり執着はないようで、アルバムさえも改めて聴くことはないと言っていた。豊住さんという存在があまりにも知られていないことに照内さんは少し憂いているようだった。

大学時代、少しフリージャズを聴き齧っていたぼくは、通過儀礼のように阿部薫のアルバムを聴いていた。失礼ながら豊住さんのことを知らずに、照内さんとのデュオの撮影に入ったのだったけれど、音を聴いて、ああ、この人は阿部薫とセッションしたドラマーだったと走馬灯のように思い出したのだった。それから豊住さんを撮影させてもらうようになる。

ドラムを離れ、タップを踏む豊住さん。ドラマーはドラムを離れてもドラマーなのだった。

さて、《Creative Improvisation Part10 豊住芳三郎×照内央晴×吉田隆一×吉田つぶら》@公園通りクラシックス(20211121)である。

即興演奏がどんなに自由だとしても、楽器に、音に縛られたそれは、本当の自由なのか、と問われたような気がした。それをきっかけに、4人のビートが一気に時空を超えていった。(そして自分も、4人ににじり寄っていた笑)

こういう時、自分は、ああ神様たちが地球にやってきて遊んでいるんだなと感じる。ここ最近はずっと神様ばかり撮らせてもらっている。まるで神話の世界を見ているかのように。

即興を撮る、ということが、どれほど魂のままの自分を試されるのか。そのヴァイブレーションに溶け合えた時、自我はすべて消えてしまう。どんなにいい構図を狙おうとも、どんなにカッコいいカット割りをしようとも、そんなエゴは何の意味もないのである。だから、素のまま、編集もなしで見てもらうしか無い。

映像を見返してこのセッションを思い返す。この空間に満ちていたヴァイブレーション、それは何だったのだろう。

奇をてらわず言うなら、それは愛なのだろうと思う。

↓1stセット後半、豊住芳三郎×吉田隆一DUO このセットがあって一気にエンジンがかかる

↓2ndセット前半の、照内央晴×吉田つぶらDUO このメンバーをオーガナイズし、あえて見守るポジションにいた照内さん。それもまた考え抜いた末のことだったと思う。

Written by

MIYABE FILM OFFICE - Filmmaker / Photographer

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